ゴミ草稿

ネットの発達によって、歴史とか関係なく音楽を取り出せて、時代の好みが並列化していく、その時代を象徴する権威的な曲がでづらいとかあるんだけど
そこは置いといて、その「現代に最適化された」古い音楽達っていうのがちょっと面白いと思っていて
歴史がジャンプする瞬間というか、今まで繋がってなかった部分でいきなり「歴史が再開」することすらあり得るんじゃないか。いや、歴史は「当人」が作るもんだし、再開はありえないし、広告メディアでも今まで散々「リバイバル!」とか「再来!」とか謳われてきたことはあるけど、でもまぁネットの普及のおかげで「意欲のある人がちゃんとそこに集う」みたいなことはスムーズに発生するようになったと思う。広告メディアによる「リバイバル!」とかそういう宣伝に振り回される人が減る傾向にあるんじゃないかと。それが良いか悪いかは別として。
例えば、ネットとかで「クソ!」って叩かれてるポップアーティストとかでもyoutube上ではそんなに低評価数がなかったりすることがとても多いんだよね。要するにアンチが追いつけないレベルで、目に入れることができないレベルでネット上にはコンテンツが増殖し立ち並び、意欲や興味のあるファンが検索しスムーズにそこに集結する。あらここは綺麗なインターネッツですね。
とりあえず、「歴史の再開」的な話に戻すと、
少なくとも更に特化され洗練されてる例とかも、あると思う。メロスピのUnluckyMorpheusとか。メチャクチャクオリティ高くてとんでもない音源を出してる。まぁ、僕はそこまでメタルに造詣はないんだけどwwww、彼女らには感動してしまった。
彼女らに「歴史の続き」を見てるんじゃないかと錯誤すらしたこともあって、もちろん蛇足みたいなバンドだって多いかも知れないけれど(ボウディーズめっちゃ良いと思うんだけど、ジャパナイズ感がスゴい感じた。でもすごい良いと思う。聴きやすい上に聴いててなんか楽しい)。
とにもかくにも、「現代的にも歴史的にも洗練された」古い音楽ジャンル、、、そういうものが聴けるし、何より作られてる今はマジで素晴らしい時代なのかも知れない。とか思う。
現代人が古い音楽に魅せられて、それが洗練されていくことすらあっていい。
本当に、千年後の音楽とか、メチャクチャ興味がそそられると思いませんか。色んな意味で。

で、それが歴史の続きであったとして、そこに名を刻めるような権威的なバンドは出てくるのか、とか。
「ジャンル」として進化するのか、っていう話はあるかも知れない。
もし出てきたとしたら、ロックのミッシングリンクの発生や()
とりあえず今後発生するバンドとして、仮想現実音楽、みたいなのは絶対出てくると思うんだよな。
VRが普及する未来、絶対に出てくる。そしてそれに付随する音楽スタイルっていうのが出てくる。個人的にはそれだけで「新しい音楽ジャンル」の1つとして認識していいレベルだと思う。つまり、仮想空間専用の機能を有した音楽として。それは仮想空間のエクスペリエンスをより高め、印象的にするような機能を有してるはず。
そして、人と人とを繋ぐ、仮想空間ならではのコミュニティに適した音楽となるはず…。それは現実の音楽の延長でもあり、「仮想空間の人」や「遊び方」にしか通じないようなちょっとキモい音楽であるのかもしれない。どんなモノが流行るかな。新しい形式の電子ドラッグ、それにしてもサイケデリック・ロックってどうしてあんなに難しいんだ。いつかサイケ音楽を持ってLSDを探しに出掛けなければいけない。のは死ぬまでにやるべきことリストの1つでしょ。一曲目はとりあえずルーシーインザスカイウィズダイヤモンドでええんか。
とにもかくにも、現実と仮想に関わらず音楽っていうのは単なる娯楽のくせに実はメチャクチャ普段の生活に密接に関わってたりする。
例えば接客業等の人だったら寝てる時間以外ずっと音楽が流れてる空間で過ごしてる、って人も少なくないと思う。
「生活を豊かにする」のかは疑問だけど、色んな音楽が我こそが消費されようと色々な機能を打ち出して、僕らの生活の隅々に入り込んでるわけだ。
あらゆる音楽ってのは、それぞれ「機能」を有してて、実はクソなチャートの音楽もそういった機能的な部分をきちんと守って、デザインされてる。
音楽は、幽霊や寄生虫みたいなもので、目には見えないけど様々なイメージや人、メッセージ、偏見、あらゆる抽象的なものにも取り憑いて、その真価を発揮する。ものだと思う。俺は意識低いし、感性も頭も耳も鈍いので、これまでの人生、「音楽そのもの」とやらを、「純粋」に聴けた自信がない。
音楽とは、時の洗礼に堪えたモノから偶然自分が出会えた個人的な「偏見の集積物」なんだ、と。
そにかく、そんなこんなで、実はファッションやライフスタイルとメチャクチャ結び付きが強い。
生活をする人たちの眼前にある世界、それらに音楽は寄生し、時に代弁したり、纏われたりする。
文化なしに、生活なしに、「音楽」はありえない。逆はしらん。
しいていうと、「音楽」なしに、もう「ゲーム/映画/広告」はありえないと思う。音楽の力を借りまくり。
あとは「宗教」にも欠かせなかったのかもしれないし、もしかしたら「軍隊の行進」もありえないな!

さっきから「ジャンル」と「ムーブメント」を頭悪くごっちゃにして好き勝手に書き込んでて、ゴメンナサイ。

でも、さっき「音楽は偏見の集積物である」といったけど、不思議なもんで実は特定の「音」に対する共通のイメージを、どうやら人間は潜在的に有してるようで。
例えば、「長調は明るくて、短調は暗い」というお決まりの文句(ちなみにコレ、絶対に未来を担う子どもたちには伝えてはいけない言葉だと思う。ある意味では、こんなの偏屈なルールでしかない。ポップス音楽理論を学ぶにしても、こんな偏見をのさばらしてはいけない)。
思えば、誰が「赤は暖色(warm color)で、青は寒色(cold color)」って決めたんだ。って話だよね。欧米人?ギリシャ人?

もし刷り込まれてなかったら、赤や青に何を思うだろう? それとも、初めはそういった「指針」や「座標」、「目安」のようなものが設定されてないと実は表現はもちろん、何も感じることすらできなかったりするんだろうか。人間は。
林檎は赤色だ。じゃあ林檎…いや「明るい」の調性はなんだ?長調か?短調か? それとも何か特定の感情の人間の声音に、長調っぽい倍音が含まれててそれが潜在的に「明るい」とか印象づけてたりするのか?
とにかく、音も、結局は文字と同じく記号でしかなく、ある程度の共通認識がないと、「曲」のような形にすらなれないのかもしれない。
でも人間はだんだんと飲み込む。初めは意味不明だったデスメタルも今ではその美しさが少なからずは分かる、と思う。子供の頃は結局、なんとなく演奏家や漫画や映画に出てくるようなステレオなイメージ、その総体からぼんやりと段々と飲み込んでく。割と自然に。
人間が、初めて出会う音楽を認識する時。幼少の自分の場合だと、その時、その周辺のキャッチできる全てのイメージ“のみ”を、五感を使って、おぼろげながらも取り込んでたと思う。否応なしに。そんなものでしかない。
ゆえに第一印象は大事だってことだね! もしそれをリライトする能力が発達したとしたら、それは1984年のような二重思考のディストピアが生まれるかも知れない。

ちなみに、ベンジーこと浅井健一からすれば、「Amはするどい音だと思う。」だそうです。
……最高に厨二病的な発言じゃないですか?
でも彼のAmを聴くと、それが分かるんですよね。音色のおかげとか言わない。

音の共通認識とは、偏屈な檻だ。と捉えたとしたら。
ルールがあって、そこで初めて自由が発生する。っていうことにも似てくるかもしれない。
本当に、明るいのか暗いのか、なんかそういうアンケート調査でも欲しいね。あるかもしれない。記事にする前にググレカス
結局は整数次倍音に誠実さを、非整数次倍音に親しみを覚える話と似たようなものかも知れない。それほどに和音(音色)というのは、その組み合わせで与える印象に大きく影響する。

まぁそんな原理とかどうでもいいよね、
理論とかいう理由付けに意味はない。のが今のポップス。

僕は結構わかりやすいポップスが好きで…JPOPともいう。
「邦楽」における、様々なジャンルっていうのは結局、そのジャンルから拝借してきた表現技法や、部品に過ぎなく、その形式はJPOP?歌謡曲?でしかないっていうのが持論。超絶意味分かんない持論だけど。日本語が否応なしにそう足らしめてるのかも知れない。あるいはそういうのしか俺の目には触れてないだけ。

いや。。。でも、ラウドネスやBOWWOW、灰野敬二とかはマジでガチ感しか感じないな!笑 前言撤回。彼らは全然JPOPやってない。持論即破綻。
とりあえず海外で評価されてる有名どこのだけど。
ラウドネスとかBOWWOWは神。
灰野敬二はたまに恐ろしく美しい曲あるからなんとも恐ろしい。

実は、僕の好きな筋肉少女帯やブランキー、凛として時雨等も、JPOPとしてしか聴けない。完全に歌モノ。みんな歌ありき。
要するに日本ってフォロワーが生まれて、ムーブメント(メロコアブームとか?)が発生しても長続きせず、カルチャー的に定着しない、新陳代謝が激しい土壌だ!とか十年前とか言われてたような気がしなくもないんだけど、実は源流でJPOP的な、歌謡曲的な遺伝子は全く途絶えてなく、それらひっくるめて邦楽カルチャーだった。って気がしてる。最近。青春パンクのパンクの部分は「パワーコードでゴリ押しだぜ!」くらいの意味しかないです。「パンクをやってた」「ロックやってた」というより、「JPOPやってた」っていうのが遺伝子的に正しい気がする。
なんか俺、いま意味不明なこと言ってる気がするけど、とりあえずそういうことです。なんか僕のいう「ジャンル」の定義みたいなのがメチャクチャですね。

ジャンル名なんてどうでもいいですよね????????

それにしても凛として時雨はスゴいな。最初は嫌いだったけど、個人的には、彼らは大袈裟に言うと邦ロック(ついでに幾つかのJPOPも巻き込んで)の最終形態って感じがする。これもうナンバーガールらへんの系譜の臨界点だろ。スリーピース形式にして、エレクトロミュージックのサウンド感と表現技法をうまく取り込む? 恐らく、これは00年代あたりのハイカラ目のバンドマンだったら一度は意識したくなるポイントだったと思うんだよ。彼らの中にはエイベックスで育った人達も多いから。けれど大抵は音作りや器用さの面で頓挫する。だが時雨は無理してバンド形式でやろうとする。。。なのに妙にまとまりがある、気がする。むしろバンド形式でないとダメだったという。エイベックスのアーティストじみた切なーい美メロがまとまりを与えてるのかも知れない。変態だ。
結局、時雨のフォロワーは誰も時雨を超えられてないし。埼玉すごいよ埼玉。
もはや埼玉なんて存在も忘れてたし、俺にとっては仮想空間に等しいわ。

凛として時雨 / Ling Tosite Sigure – O.F.T.

「小田和正 フィーチャリング 小室哲哉」とかいうフザけた曲名の曲。
この曲は時雨の中でも一番普通にJPOPやってる曲だなぁ。友人曰く「全然小田和正じゃないし、小室哲哉でもない」らしい。

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